Exit to Safety−デザインにできること展
2007年5月15日-2007年6月3日佐野恵子さん/AXIS Gallery キュレーター
テキスト:藤墳智史いつ都市を襲うかわからない自然災害に対して、デザインの視点から何ができるか? その問いに応えるべく、2007年に開催された「Exit to Safety─デザインにできること」展では、分野の異なる7組のデザイナーが事前にワークショップを重ね、その成果が展示されました。AXIS Galleyキュレーターの佐野恵子さんに、この展覧会についてお話を伺いました
「モノ」から離れ、デザインがするべきことは?
以前から「デザインが社会に対してできることは何か」を展覧会を通して考えたいという気持ちがありました。元々私が、デザインの専門教育を受けていない、異なるバックグラウンドから入ってきたこともあり、ずっと、デザインというものを俯瞰して見ていた気がします。本来デザインは、社会をより良くし、人のためにあるもの。これからのデザインが「モノ」を作ることだけでは完結しないのは確かだろうな、と。だから、まだまだ社会的な視点が足りないように見えた「デザイン」の潮流において、特にデザイナーを目指す学生や若い人たちに向けて、まだデザインが関わっていない分野にもデザインがするべきことはありますよ、こんなデザインの仕事もありますよと示したかった。そんなときに防災教育のプロで、「阪神・淡路大震災+クリエイティブ マッピング プロジェクト」のメンバーでもある永田宏和さんから、防災とクリエイティビティがテーマの展覧会「地震EXPO」と連携しませんか、と背中を押され、それならこれまでデザイン関係者がやっていなかった災害とデザインを考える展覧会を思い切ってやってみようと決心しました。
災害と向き合うには、まずリアルな声を聞くことから
1995年の阪神・淡路大震災以来、自分のところでも地震が起こるかもしれない、と誰もが思い始めた印象がありました。だからこそ、今するべきだと。けれど、災害というとてつもなく大きなテーマの展覧会をどう構築するのかが問題でした。異なるジャンルのデザイナーを指名し、ワークショップ形式でそれぞれに考えてもらおうと決めていたものの、何が生まれるのか、上手くできるのか、不安と緊張を抱えていました。さらに、当然ながらデザイナー全員が大きな地震を体験していたわけではないので、災害の状況をいかにリアルに追体験できるか、自分ごとにできるかが最大の課題でした。阪神・淡路大震災の記録資料や映像を見てもらうことは不可欠で、震災を体験された方のお話を直接聞くことなしには絶対に実現できないと考え、関係者全員で神戸の「人と防災未来センター」を訪問。語り部さんが4人くらい来てくださって、おひとりずつ聞きました。生々しいお話ばかりで、参加したデザイナーのみなさんは下を向いて聞いていました。私は感情移入して、ボロボロ泣いてしまって。帰りの新幹線では「できないかも…」と無力感が漂っていましたね。そんな中、プロダクトデザイナーの石井洋二さんが「モノじゃないかも」と考え込んでいたのが印象的でした。
若手デザイナーが集い、話し合いを重ねて作っていく
その後、全3回のワークショップを月1回行いました。ワークショップと言ってもその場で何かを作るのではなく、テーマについてみんなで話し合ったり、途中経過を報告したり、主にブレインストーミングを行いました。神戸でのヒアリングから1ヵ月後にコンセプトがようやくまとまって、残りの2ヵ月は各自でブラッシュアップ。私はデザイナーのみなさんに寄り添うことはせず、相談があった時だけ対応して、後はお任せしていました。それぞれがコンセプトを固めて進めてくださっていたので、関わる余地はほとんどなかったのです。ただ、早い段階から出ていたピクトグラムを用いるアイデアが、初めに指名していた若手のグラフィックデザイナーにとっては荷が重かったようで、断念せざるをえない場面もありました。
見るだけでなく、自ら考え、感じる展覧会を
会場には入口を2つ設けて、明るい方と暗い方、どちらかを選べるようにし、暗い入口を選んだ場合は、自分の持ち物から使えるものを探し、真っ暗な空間を進む方法を考えてもらいました。また、震災直後の破壊や隆起、瓦礫によって道路が歩きにくかったという状況を再現するために、会場内にわざと起伏を作り、靴を脱いでもらって足の裏で感じてもらいました。靴を脱ぐのは面倒ですが、体感できる展示としてはおもしろかったのではないでしょうか。また、災害時に有効なオリジナルのピクトグラムをたくさん作って展示しました。
ワークショップの映像を流したり、子どもたちが寝ころがってくつろげるスペースを作ったり、様々なワークショップも開催しました。この展覧会には若者や家族連れは比較的多かったようです。マスメディアの取材も入りましたし、行政や消防関係の方々も来場していましたが、肝心のデザイナーの反応が薄かったように思います。
社会に、デザインやクリエイティビティを根付かせたい
「地震EXPO」の前に書類審査を行ったコンペの通過者には、プロトタイプを制作してもらいました。永田さんが「絶対に商品化したい、そのための場なんです」と強調しておられたのが印象的でしたね。例えば「レジャーシート」という作品の周囲には紐が取り付けられていて、キュッと絞ると巾着型に。水を入れたり、SOSのサインになったり、防寒の役割を果たすなど、よく考えられていました。今まで無かった理由が分からないくらいシンプルな作品だったので、製品化できるのではと思っていたのですが、意外と難しくて。無印良品の方がいくつかの作品の商品化を検討してくださいましたが、結果としてはNGでした。コストの問題が大きかったようです。企業側には、こういう商品を開発する余裕も時間もないという事情があるのかもしれません。商品化が実現しても、全く違うものになったという話もよく聞きます。けれど、無印良品とのつながりが生まれたのは大きな収穫でした。その後、無印良品には防災系のカテゴリーが新たに作られましたから。
日々の暮らしに、常にクリエイティビティを
連携した「地震EXPO」では、建築家の曽我部昌史さんが防災グッズのセレクトショップを企画されました。防災グッズとして売られていなくても、災害時に役に立つという発想が、とてもデザイン的だと思いました。「AXIS Gallery」では、アイテムを絞り込んだショップコーナーを作りました。今なら、もっとたくさんのグッズがあるはず。ヒット商品とまではいかなくても、注目すべき防災グッズがマスメディアで定期的に取り上げられるくらい定着してほしいです。そして、震災発生後に限らず、ふだんの生活の中にあるクリエイティビィティや想像力こそが大切だと思うのです。当初は、デザインにできることなんてあるのかという無力感もありましたが、率先してアイデアを広げていけたらいいし、いざという時に柔軟な発想ができるのは大きな強み。身近なもので何とかすることも、デザインの役割なんじゃないかと思います。震災を体験した方にヒアリングを行った時、「人の生死や災害に対して、デザインにできることはあるのでしょうか」と聞いたところ、「あるでしょう。みなさんが考えていること自体が大事だし、期待しています」というコメントをいただきました。私は、その言葉に背中を押してもらった気がします。
東日本大震災の後、自分たちで考える勉強会を
この展覧会を開催したのは、東日本大震災の4年前でした。少しは災害について知っているつもりになっていたのに、いざ地震が起こったら、何をどうしたらいいのかが全く分からなかった。情けなくて、ショックでした。結局、何も身に着いていないことを痛感し、何かしなければと思ったのです。そこで、同じように何をしたらいいか悶々としているデザイン関係者を集め、勉強会を開催しようと考えました。一人で考えていても仕方ないので、とにかく集まってみましょう、何ができるか、考えていることを話しましょう、という感じで。参加者もどんどん発言してくれて。もうしばらく、考えや想いを話してもらって共有していける勉強会を続け、実際の行動に結びつけていければと思っています。
(その後、この勉強会をきっかけに「石巻工房」の活動につながっていった。)
インタビュー実施日:2011年9月14日