世界の危機を救うデザインの方法論 『震災のためにデザインは何が可能か』

2009年6月5日

筧裕介さん/issue+design

テキスト:福嶋舞

『震災のためにデザインは何が可能か』、NTT出版、2009年

 

筧裕介さん(issue+design)

 

「震災発生直後の避難生活のデザイン」をテーマに掲げ、全国から集まった44名の学生たちと行ったワークショップ「震災+designプロジェクト」は、被災者の不安を払拭する可能性を持つ多くのアイデアを生み、また後に起きた東日本大震災の被災地で実用されました。本書では、その半年間のプログラムで行ったリサーチや、課題への様々な実験的アプローチの様子、成果となるアイデアなど、デザインの持つ本質的な力を引き出す方法論を紹介しています。このプロジェクトの発起人であり、本書の著者である筧裕介さんにお話を伺いました。

 

日本のデザイナーが世界のために取り組めること
このプロジェクトはstudio-Lの山崎亮さんとはじめました。そもそも私たちは日常的に社会的課題に対しデザインに何ができるかということを幅広い分野でよく議論していたので、震災という課題はその一つに過ぎませんでした。当時は環境問題も流行っていましたし、いろんなテーマがある中で、日本人が自分ごととして真剣に考えられるテーマで、さらに世界で先駆ける道があるテーマは何かと議論を進めていく中で震災という課題にたどり着きました。例えば、日本人が貧困のことを考えるというのはなかなか難しいことで、どうしても他人事のようになってしまいます。それに比べると震災に関しては、自分自身や親族、知り合いが被災した経験があったりと、より身近な課題として捉えることができると思いました。私たちが生み出したアイデアが、インドネシアやアメリカの西海岸などの地震が頻発するような国に役に立つものができるようになる可能性があると考え、日本のデザイナーやデザイナーを志す人たちが取り組むということが社会にとってとても意味があることだと思ったのが始まりです。

 

学生たちと取り組んだわけ
このプロジェクトの参加者をプロのデザイナーではなく大学生を対象にしたというのは、もちろん教育的な側面もあったのですが、大きな理由の一つはアウトプットに幅を持たせたかったからです。こういった社会的課題に対するデザインというのは、その人が今まで培って来た手法を前提にすると、アウトプットがその領域の中に収まってしまうことが多い気がしています。例えばグラフィックならグラフィック、建築なら建築、プロダクトならプロダクトと、その領域の中で自分ができる解決策という風に絞られてしまいます。そうすると課題の本質から離れていく傾向があるように思ったので、今回は学生を対象にし、自分のスキルを前提にするのではなく素直に課題と向き合える場を一緒に作れればと考えていました。

 

状況を想像する力
学生たちに掲げたテーマは「300人が過ごす避難所のデザイン」です。このプロジェクトを行ったのは阪神淡路大震災から13年後なので、この状況を実際に自分自身が体験することができない中で、どれだけ課題を自分のものにできるかが学生たちにとっての最初の壁になりました。例えば避難所の水不足問題に対して、その結果に至るまでに起きる流れを理解する必要があります。水不足はどういうふうに起きて、実際にどんな水が足りなくなって、人々にどんな影響を及ぼしていくのか、と徹底的にリサーチすることが重要です。地震という社会的課題に対してアプローチするにあたり、実際に解決に寄与するデザインでなければ意味が無いので、そういった力を持つより具体的なアイデアになるよう指導していきました。

 

被災者とのコラボレーションで未来に備える
学生のアイデアを阪神・淡路大震災の被災者の方に提案した際には、アイデアをよりよくする多くの意見をもらうことができました。震災が起きてしまってからでは、ボランティアをしたい気持ちがあっても、「他人が勝手な提案をしたら迷惑がられるんじゃないか」と足踏みをしたり、そうこうしているうちに時間が過ぎてしまったりということが起きがちです。事前に被災者の方とこのような意見交換の場を設けたことで、私たちは次に起きるかもしれない大震災に備えてアイデアをストックしておくことができ、そのおかげで東日本大震災の際にはすぐにアイデアを実践することができました。復興支援には長い年月がかかり、先に求められることはたくさんあります。先のことを予測し、備えておく力がデザインには求められると思います。

 

アイデアの実現
学生たちの出した「スキル共有ID」というアイデアが、実際に東北大震災の被災地で「できますゼッケン」という形で実現しました。これは阪神・淡路大震災の被災地がおよそ180万人にのぼるボランティアの支援に支えられた一方で、ボランティアと住民、ボランティア同士、住民同士のトラブルが多発したという問題を解消するために、ボランティアの力を最大限活用し、被災者同士の助け合い行動を生むために、「自分ができること」の宣言を促すというツールです。当初は被災者が付けるという想定でアイデアが生まれたのですが、阪神・淡路大震災の被災者の方の「ボランティアの方に特化したほうが良い」という意見を元にアイデアをブラッシュアップしました。また、神戸は知らない人同士が避難所で過ごすという都市型の地震の特性があったために被災者が付けるというアイデアだったのですが、東北大震災は神戸の時と比べてコミュニティが密なので、避難所にいる人同士は知り合いであることが多く、比較的にもともと信頼関係築かれていると考えられたということも関係しています。

 

デザインの可能性
このプロジェクトの大きな特徴はアウトプットの幅広さです。studio- L の山崎さんをはじめ多くの領域の専門家やボランティアがサポートにつきました。こういったプロジェクトでデザインをするにあたり重要なのは、自分のアイデアを実現する!と頑固になるのではなく、他分野のアイデアを素直に取り入れていく柔軟さだと思います。
地震が起きた直後は現地に多くのボランティアが集まり様々なアクションが起きますが、デザインの領域となると、現地から受注を受けるのを待ち、それからプロジェクトが動くことが多いです。今回私たちが東日本大震災でアイデアをすぐに活かせたのは、このプロジェクトを通して事前に準備ができていたからです。しかし例えこの例のようにストックが無く突然起きたことに対応ができなくても、それでは3ヶ月後、半年後、5年後、10年後…何が必要なのかというのを見通し、みんながそれに向けてデザインの力を活用することができるようになればと願い、その助けになればと今回のプロジェクトを一冊にまとめました。
プロのデザイナーに限らず、何か問題が起きた時には、デザインの力を生かして互いに助け合うことができると思います。この思いに共感してくれる人が増え、世の中にそのためのデザインが次々と生まれることを願っています。

1次調査

年月日
2009年6月5日
背景や目的
生活者が持つデザインの力を活用することが、日本と世界が抱える社会的課題の解決、不安の払しょくの近道であると信じています。この想いに共感してくれる人が増え、世の中にそのためのデザインが次々生まれることを願い、この本がそのようなムーブメントを社会に起こすため。(「震災のためにデザインは何が可能か」抜粋)
対象
社会の現状に危機感を抱き、毎日の生活や仕事を通じて何か貢献したい、行動したいと考えている多くの人々。
内容
2008年7月から実施している震災+designプロジェクトの成果をまとめたもの。 2008年7月プロジェクトを発案。studio-L山崎氏らと事務局を立ち上げる。「震災」というテーマを設定し学生向けのコンペを開催。コンペは2人1組という応募を条件に様々な分野の学生が参加。ワークショップ形式を取り入れ神戸、福岡、東京で説明会、ワークショップを開催。21チーム114案のアイディアが集まった。 (「震災のためにデザインは何が可能か」抜粋)
発起人・主催団体
issue +design / studio-L
関係団体・パートナーなど
クリエイティブデレクション 永井一史
編集/クリエイティブデレクション 筧裕介
アートデレクション 小塚泰彦
ブックデザイン 松永路
写真 中乃波木
イラスト 今田美沙
制作アシスタント 白木彩智
執筆協力 大貫淳嗣 
校正 円水社
編集協力 岡部昌平